朝比奈の岩石から生まれたやきもの
鎌倉七切通しの中でも最長2kmに及ぶ切通しが鎌倉十二所から横浜の六浦に通ずる朝夷奈(朝比奈)切通し。現在は、朝比奈峠を越える同道が走り、横浜横須賀道路の真下に出る。この一帯が朝比奈で、この地の岩石を「うわぐすり」(釉薬)とした天然釉のやきものが朝比奈焼。昭和53年に生まれた初の神奈川産やきものである。
横横通路工事現場で発見
この朝比奈焼創始者が古屋武(91歳)さん。高校教師だった古屋さんが、やきものに魅せられたのが45歳の時。日体大出身の体育教師とあって、県の柔道大会や学校の部活などで土日なしの生活。そこで、出勤前や帰宅後夜遅くまでろくろを回し、ついに窯までつくり、通信教育で勉強、「お師匠さんのない独学でした」。ところが、ある柔道大会で神奈川県の審判長だった時、試合中に事故が起きた。古屋さんは、責任をとって柔道界から一切身を引いた。
「禍転じて」の例えではないが、結果的に時間の余裕が生まれた。以前から、神奈川県独自のやきものをつくりたいと思い、時間を見つけては粘土を探したが、ふさわしい粘土はないことがわかった。「粘土がなければうわぐすりだ、そこで石探しを始めたところだった」。
それからは、日曜日になるとリュックを背負い、金槌をもって石探し。これはと思う石を砕いては名札をつけ持ち帰り、粉にして焼いてみた。しかし、何十種類もの石を焼いたが、空振りばかり。そんな時、横浜横須賀道路の工事が始まった。横浜市栄区上郷町に住む古屋さんも出勤途中、工事を目にする。ブルドーザーが山を崩しては谷に埋めている。ある日、岩石の層が眼に飛び込んできた。あの石を試してみたい。古屋さんは工事現場に掛け合い、8種類の石を採取、持ち帰り、焼いてみると、そのうち3種類の石がうわぐすりに使えることがわかった。独特の赤茶、緑系のやきもの。「嬉しかったですね」。
当時県立博物館学芸部長だった八幡義信さん(現神奈川県文化財協会会長)も「天然釉として完成したやきものはわが国でも前例がなく、非常に珍しい陶器」と太鼓判。石探し5年目にして、古屋さんはついに神奈川産のやきものにたどりついたのだ。石の採取地が朝比奈だったことから、「朝比奈焼」と命名。早速、相当量の石を確保した。定年前59歳で教師を辞めた古屋さんは、朝比奈焼にのめり込む。
素朴、重厚なやきもの
朝比奈焼の特徴は、岩石粉だけで、一切の薬品など添加物を使わない天然釉。「人工的な技巧、装飾を加えず天然ものの素朴さ、重厚さを大切にしています」と古屋さん。
朝比奈焼に魅せられ、教えて欲しいという愛好者も増え、昭和55年に朝比奈焼・作陶会(教室)を開設、31年になり、卒業生も含め生徒は520人にのぼる。
これまで2年に1度、朝比奈焼・作陶会作品展で発表してきた。14回目となる今年も栄区民センター「リリス」ギャラリーで開催。(12月20日〜26日)
突然の引退宣言
ところが「私も91歳。これ以上は続けられない」と古屋さんが突然の引退宣童同時に教室も終了することに。弟子をとらずに来たため、後継者もいないという。このままでは古屋さん一代で朝比奈焼は途絶えることになる。「本当に残念です」、16年古屋さんのもとで朝比奈焼をつくってきた北川倶美さんは無念そう。しかし古屋さんの年齢を考えれば引き留めるわけにもいかない。
「次代に伝える道はないのか」の声が高まる一方だが、来年2月18日に、北鎌倉の鉢の木で「朝比奈焼 古屋武先生御礼の会」を開くことになった。
|